[解題]「魔改造の夜」から始まる王道 [解題]「魔改造の夜」から始まる王道
Review|あの夜が教えてくれたこと
[解題]

「魔改造の夜」から始まる王道

代表取締役社長・井手博が語る、
IHIが「魔改造の夜」に学んだこと
原子炉、橋梁、航空エンジンといった
巨大なプロダクトをつくってきたIHI。
世界でものづくりをめぐる環境が激変するいま、
向かうべき先を教えてくれたのは「魔改造の夜」だったと、
数々の新規プロジェクトを推進する井手は語る。

決まっているのは、ゴールだけ。「魔改造の夜」という機会は、IHIが長らく体験してこなかったものづくりを体験させてくれました。「こんな性能のエンジンを」「このサイズの原子炉を」といったお題は、言ってしまえば先人が走ってきた道の延長線上をいかに効率よく走るかというゲームです。ただ、わたしたちのものづくりの原点は、日本で初めて蒸気船をつくったように、道なき状況下で道をつくるところにあります。だからこそ、今回プロジェクトに参加したメンバーは必死に取り組めたのでしょう。

井手博
井手博|Hiroshi Ide
IHI 代表取締役社長

「魔改造の夜」を見ていて、IHIのものづくりとは王道を行くことなのだなと改めて思いました。ものづくりの原理原則に忠実なアプローチをとり、徹底的に精度を高めていく。メンバーはそんなIHIらしい開発を進めていました。もちろん、いまある王道を行ったからといって、ゴールにたどり着けるかどうかはわかりません。ただ、その道を歩むなかでトライ&エラーを繰り返しながら改善を続けていくことはできます。IHIに脈々と培われてきたDNAは、そこにあるのです。

社内副業という挑戦

一方で、ものづくりを巡る環境は刻一刻と変化しています。そもそも「ものづくり」といっても、飛行機や自動車を開発するスパンと、スマートフォンのように技術が集積されたデバイスを開発するスパンは全く異なります。スマートフォンが世に広まってからまだ15年ですが、この分野では大きな変化が何度も起きています。細かい改善を積み重ねて10を50にしていくような営為にももちろん価値はありますが、10を1,000にするような発想がゲームを変える状況になったのも事実です。

今回のプロジェクトでも活用された「社内副業」という制度は、そんな新しいものづくりに向けて一歩を踏み出すためのものです。コロナ禍による閉塞感を打破し、もっと自由な発想をもつには、個人個人の「やりたい」という気持ちからスタートすべきなのです。VUCAといわれるような不確実性の高い時代には、先人の道をなぞるのではなく、新しい道を自ら生み出す必要があります。そのためには、利益を生み出している既存の事業以外で、それぞれのモチベーションに従ってゴールに向かう経験が不可欠になるでしょう。IHIのメンバーの多くは、すでにある王道を行くことしか知りません。だからこそ、「脇道」にそれることを促進する枠組みが必要なのです。「魔改造の夜」は、そんなIHIの新しいスタートを象徴する出来事でした。

6m ちょうどの高さから「ネコちゃんのおもちゃ」を落下させるため、普段は部材の移動に使われているクレーンが利用された。事故を防ぐために「物を落とす」がご法度の工場では、前代未聞の出来事だった。

個と失敗が道をつくる

われわれが歩みを進めるためには、メンバーそれぞれの意識に加えて、IHIという会社がもつ構造にも変革のメスを入れていかなければなりません。今回のプロジェクトで明らかになったのは、チーム、プロジェクトマネジメント、ルールといった側面で新しい取り組みが不可欠だという事実です。

まずは、チームについて。IHIは製造する商品ごとに人が集まっています。これは、すでに市場が確立された分野に対する製造に特化した組織構造です。一方で今回のように新しいテーマに取り組む場合には、必要な人材を社内の各部署から集める必要があります。逆にいえば、自由なチーム編成ができなければ、多様な人材がいたとしても、その力を最大限活かすことはできません。

収録が終わったあとも、i-Baseの「ものづくりガレージ」にはチームが心血を注いだメカが展示されていた。同プロジェクトで活躍したメンバーの多くが、ここを拠点とする新しいプロジェクトに取り組んでいる。

そのためには、多様性に関する意識のアップデートも不可欠です。多様性とは、ジェンダーやナショナリティに限った話ではありません。IHIのメンバーの多くは、自分と似た人間がIHIには多いと思っています。ただ、当たり前のことですが一人ひとりが同じ仕事をしていたとしても、それぞれのバックグラウンドは全く異なります。多様性のある人材がどこかに特別に存在しているわけではなく、そこにある個を活かすための取り組みをもっと行なう必要があります。お互いの違いに目を向けて、それぞれを大事にできる環境をつくることが、今後のIHIには必要なのです。

次に、プロジェクトマネジメントについて。IHIが取り組むような巨大なプロジェクトは10年がかりのものも少なくありません。スタート地点で考えていた状況が、5年後に大きく変わってしまうこともあるでしょう。ただ、いまから10年後のことを想像することはできません。だからこそ、いかにプロジェクトを動かしながら軌道修正していくかが、重要になってきます。大きなゴールは変わらないとしても、環境の変化に合わせて様々な要件に対応していく。これからの10年では、そんな力が求められるのです。

そこで重要になるのは「小さな失敗」を繰り返すことです。「失敗しない」ことを求めていると、大失敗してしまう。だからこそ、短いスパンで次々と失敗を繰り返すしかないのです。無限の可能性のなかから、その時々の環境に合わせてダメなものを排除していくことでしか、答えを見つけることはできません。そこでたまった失敗の山は、宝箱のようなものです。全く別のプロジェクトで使える可能性もあります。

新しい王道をつくるために

最後に、ルールについて。歴史の長いIHIには、様々な規範があります。人間の生死や尊厳に関わるルールは絶対に守る必要がありますが、目の前にあるルールがいま本当に必要なのかを常に考えつづける必要があります。30年前に必要に迫られてつくったルールが、新しいものづくりの成長を阻害してしまうことだけは避けなければなりません。

燃料アンモニアのような新しい分野のものづくりでは、ルールがありません。そこで前に進むためには、技術をつくると同時に国際的なルールをもつくる必要があります。誰かの背中を追うのではなく、自分たちが起点となって社会にインパクトを生み出す喜びは計り知れないものです。それぞれが走る脇道がいつのまにかゴールにつながっている。「魔改造の夜」が教えてくれた、そんなものづくりこそが、IHIが目指す新しい王道なのです。

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