未来の姿を描きながら
挑戦からはじまる研究
技術開発本部 本部長 久保田 伸彦インタビュー
変化し続ける時代に必要なのは、課題解決よりも課題設定の力です。どのような未来を描き、それに向けた新しい技術を生み出し、社会貢献へとつなげるのか。IHIが取り組む2050年を見据えた技術開発と挑戦の姿勢を、技術開発本部長の久保田伸彦が語りました。
IHIは1853年、172年前に造船業から始まりました。その後、橋梁や航空エンジン、ロケットのような大型構造物を中心に提供し、発電機やエネルギー分野にも力を入れてきました。どのような事業であれ、私たちが最終目的に据えてきたのは、常に社会貢献です。技術をもって、今を、そしてこれからを生きる人々の生活を豊かに、便利にすることを最重要のミッションとしています。

現在、IHIグループでは成長事業・育成事業・中核事業の3つに事業を区分して取り組んでいます。中核事業は資源・エネルギー・環境分野、社会基盤分野、産業システム・汎用機械分野といった多岐にわたる、文字通り現在のIHIの中心となる事業です。対して成長事業は主に航空エンジンとロケット分野です。長いロードマップを描き、たとえばジェットエンジンの軽量化や、航空燃料の脱CO2などの研究を進めています。
育成事業は、主にアンモニアなどのクリーンエネルギー分野です。より安価で安全な燃料アンモニア製造・輸送/貯蔵・利用技術を開発する必要があり、技術開発本部が最も注力しているテーマの一つです。アンモニアを燃料として発電に活用できればCO2の排出を大幅に削減できる未来がありますし、技術面で大きくリードできる産業になると考えています。
そのほかにも2050年以降の社会に向けて、さまざまな研究テーマに向き合っています。工場や物流の自動化・無人化を推進するための群制御技術(複数のロボットを高効率に運用・制御する技術)や、主に生成AIの普及による消費電力を賄うための核融合エネルギー、また量子技術も必要となってくるでしょう。未来の話だと思うかもしれませんが、今から取り組まないといけない内容です。現在、重要視されているカーボンニュートラルの先には、サーキュラーエコノミーの世界がありますし、その先には生物多様性、ネイチャーポジティブがあるでしょう。未来に対して何ができるかを、常に考えていく必要があります。

誰かに「これが将来必要だから」と言われて取り組むのは簡単です。大切なのは課題設定の能力です。一般的に日本企業は、課題解決は得意ですが、課題設定が苦手だと感じています。正確な課題設定には、ある分野の最先端を行く人々が何を考えているのかを知ることが欠かせません。そのためには世界のトップエコシステムへの参加が重要です。トップエコシステムに入り、存在感を示し、方向性をともに議論する。それによって精度高く課題を捉えることができ、技術の標準化や、ひいては法整備にも関われる可能性があります。現在IHIは、燃料アンモニアの分野でリードできるようにと実践し、動いています。上流から下流まで、基礎的な技術開発から商社機能のようなことまで取り組むのは、社内で初めての試みです。
また同時に重要なのが、オープンイノベーションです。変化の大きい世の中で、一社がすべてを担うのは不可能でしょう。パートナーとなる企業や機関とともに技術開発をし、いかにスピード感を高めるか考える必要があります。このときに重要なのは、お互いの足りない部分の補完ではなく、強みをかけ合わせることです。0.5と0.5を足しても1にしかなりませんが、1と1を足せば2になるのです。ここ数年は「強者連合」という意識を高めています。オープンイノベーションの実現で最も重要なのは、ロードマップの共有です。最終ゴールとマイルストーンを共有すると、最適な道が自ずと議論のなかで決まります。
現在、研究者に繰り返し伝えているのは「失敗してもいいから挑戦してみる」ということです。この数年で、社内の仕組みは整えてきました。部署ごとの裁量で研究ができる研究資金を用意し、新しいチャレンジをした人を表彰する制度もつくりました。絵に描いた餅でいいので、新しいアイデアを考えてみてほしい。ダメだったらすぐにやめればいいんです。とにかく、挑戦してほしい。すでに少しずつ、新しい芽が出始めています。失敗しても先に進めばいいんです。一人ひとりが、そのような意識を持ってほしいですね。
2050年の未来、人々はより頻繁に宇宙旅行に行くかもしれません。もし人が月に住んだ場合、IHIのなかで使える技術はなんでしょうか?たとえば、人が吐き出すCO2を原料に戻す、水素と酸素を合成して水をつくる、放射線や宇宙線を防護するために原子力事業の分野で培った遮蔽技術をいかす、などがすぐに思いつくでしょう。自分の関わっている技術がこちらにも使えるかもしれない、という想像力はいつも必要です。どの技術が時代の主役になるかは、まだ誰にもわからないのです。つくれば売れる時代は終わりました。これからはバックキャストの考え方が必要です。そして同時に「こういうものが欲しかった」という共感を生み出すために、デザインも重要です。後から飾るのではなく、設計初期から考える必要があります。
IHIは大型構造物を中心に、さまざまな社会貢献を続けてきました。発電設備も航空エンジンも、今から始めようと思ってもなかなかつくれません。「IHIのものだから大丈夫」という安心感や、社会に役立つ意識はぶれてはいけないし、譲ってはいけません。経験と歴史がある重工業の責任として、常に社会貢献の準備をし続ける必要があるのです。

二つのセンターの連携が
新技術を素早く社会に届ける
技術基盤センター所長 松澤克明 統合開発センター所長 大岩直貴インタビュー
技術開発本部は2024年に組織改革があり、二つのセンターが中心の体制となりました。それぞれのトップを務める技術基盤センターの松澤克明と、統合開発センターの大岩直貴が、両者の連携によって可能となる技術開発と変化、そして展望について語り合いました。
── まず現在の技術開発本部の組織について簡単に教えて下さい。
松澤克明(以下、松澤):2024年に組織改革があり、現在、技術開発本部には二つのセンターがあります。一つは私が所長を拝命している技術基盤センター、もう一つが大岩が所長を務める統合開発センターです。技術基盤センターには七つの基盤技術の部門があります。物理・化学、エネルギー変換、先進生産プロセス、材料・構造、制御・センシング、ターボ・機械要素、それから数理工学です。統合開発センターは、これらの分野の基礎技術を組合せ、製品やサービスとして一段完成度を上げることがミッションです。技術開発本部全体で、現在は640名ほどが所属しており、多くが技術者です。
大岩直貴(以下、大岩):統合開発センターには二つの部門と一つのグループがあります。二つの部門のうち一つが開発企画部で、もう一つがエンジニアリング部です。我々のミッションは、開発された技術を事業部門に届けるまでの中間をつなぐことです。基礎技術は単体では使えないものがほとんどなので、どのように製品やサービスにするか考えたり、どういった材料を使うかなどものづくり面も含めて検討したり、さまざまな基礎技術を統合して一つの使える製品へとつなげます。また、製品やシステムの全体をイメージしたモデルを構築し、全体最適のエンジニアリングを企画・実行することが、私たちのセンターの大きなミッションです。
残る一つのグループでは、IHIグループの建物や工場の新設やメンテナンスを担当しており、こちらも大事な役割です。
松澤:わかりやすく説明すると、たとえば回転翼で推力を得る空飛ぶ車をつくることを考えます。重たい車体を浮かすため、回転技術や空力のチームがコアとなる技術を考えます。でもそれだけでは、空飛ぶ車にはなりませんよね。ボディの素材はどうするのとか、そもそもどう組み立てるのとか、空中制御どうするのとか。製品に近づけようとすればするほど、統合的な考え方が必要になります。そこで2つのセンターで役割分担をしている感じです。

大岩:ここの部分の性能をアップしてください、というお願いもしますね。それも単に上げれば良いわけではなく、製品の魅力に強くつながる部分に対して、ハードルが高いとしても何とかなりませんか?という問いかけです。最終的に製品をつくって売るのは技術開発本部ではなくて事業部門なのですが、基礎技術単体からもう一段階製品に近いイメージ、完成度に持っていくために、技術基盤センターとそんなやり取りをしながら技術開発をしています。
組織改革があったそもそもの理由は、ここ数年、個々の技術を磨くことにフォーカスしすぎて、製品に近い状態にまとめることが減ってきていたんですね。すでにある製品またはそれに近いものであれば、技術開発本部の高い基礎技術をそのまま事業部門で活用、貢献することで全く問題はなかったのです。しかし今後より不確実さを増す未来に対して、技術で貢献することを考えると、これまでの事業部門にはない新しい製品も必要になってくるかもしれません。そうすると「この技術どう使うの」とか「これだけじゃ足りないよね」とか、製品やサービスの全体として検討する人が事業部門にも居ない、そういうジレンマが増えてしまいました。魔の川や死の谷というような言い方をするのですが、将来を見据えて、技開本で研究や基礎技術開発だけに留まらず、もう少しそれを考えてから事業部門へ引き渡せるようになりたいと考え、強化を試みました。

── 新しい技術はどのように生まれますか?
松澤:新しい基礎技術は、主に技術基盤センターの側から発案されます。方向性は大きく二つあって、一つは、比較的製品に近い方向性です。たとえば「大気中のCO2を減らす」というような大きな課題がありますよね。そういった課題をトップダウンで提示して、それに対して部署内でさまざまな技術を提案するものです。もう一つは、海のものとも山のものともつかないような全く新しい基礎技術です。技術開発本部の予算のうち20%は、部署の裁量で自由に研究開発していい予算枠としているので、その枠で好きなことを考えている人たちがいます。これは研究者のモチベーションにもつながっていますし、基礎技術開発の醍醐味と言って良いかもしれません。ただし、1000個アイデアがあるうち、3つくらいしかすごい発明は出てきません。僕たちはよく「千三つ(せんみつ)」と呼んでいます。
また私がセンター長となった去年からは、七つの各部門から全く専門分野が異なる方に代表として出てもらい、色々ディスカッションしながらテーマを創出するプログラムを実施するなど、いくつか仕掛けをつくってイノベーションを促進しようとしています。重要な鍵は、多様性をどういかすか、分野が異なる技術を如何に複合していくか、だと思っています。
大岩:我々のセンターはやはりゴールから考える部分が多いので、裁量に任す研究はあまり大きくありません。でも新しいことを考えちゃいけないわけでは全くないんです。ゴール、つまりお客さまに製品・サービスを使って頂くという目線から新しいことを発想して、技術基盤センターから出ないようなすごいアイデアを見つけたりするのも全然間違っていないということは、特に若いメンバーには伝えています。
松澤:課題設定の細分化から新しい技術もできています。少子高齢化や地球温暖化など、社会課題はいろいろありますが、我々が貢献できるものは何かをまず考える必要がある。そのなかで、六つの柱を立てています。まずはカーボンニュートラル。たとえばアンモニアや二酸化炭素と水素から燃料・化学原料を生み出す技術開発や、航空機の電動化技術の開発などをしています。ハイブリッド車の航空機版です。暮らしの観点では、インフラのほか、防災・減災、新素材や生産技術もあります。またロボットなどの群制御に代表されるオペレーショナルテクノロジーや、DXも大きなテーマです。これらそれぞれのなかで細かい課題設定をして、新しい技術を生んでいます。
もちろん、ここからはみ出す新しいアイデアもあるでしょう。それももちろん広げていきたいです。六つの柱が七つになるようなアイデアだってウェルカムです。
大岩:だいたい2030年から35年を最初のマイルストーンとして、2050年くらいを見据えて研究を進めていますね。
── トップエコシステムに入ることの重要性について教えて下さい。
松澤:久保田も語っていたアンモニアの話がわかりやすいですね。燃料アンモニアについては、トップランナーとして走っていると思います。トップエコシステムに入る重要性の一つは、きちんとしたルールを自分が参画するエコシステムで協調しながら設定できることです。技術が普及すると粗悪なものも増えてしまいますが、標準化によって本当の意味で社会貢献ができます。燃料アンモニア以外にもそのような技術がもっと増えていけばいいですね。 中に閉じこもっていると発想が内向きになってしまうので、いかに外の空気や意見、世界観に触れてもらうかが重要です。トップエコシステムを含め、そういったところにどう触れていくか。社内だけではなく、他の多様性も取り込むという観点ですね。
大岩:今、松澤が言った通り、いろいろな人が集まってディスカッションする意味はすごく大きいと思います。トップエコシステムは海外を重視していますが、現地でいろいろな国の人と会話すると、新しいアイデアが拾えると思います。たとえば、地球温暖化に対する課題感はヨーロッパ圏の人々の方が議論をリードしていますし、発想の仕方も異なります。業界のリーダーになることを目指してトップエコシステムに入る目的ももちろんありますが、自分のなかから出てくるアイデアを増やすきっかけにもしてほしいですね。
社内で考えても同じです。IHIは本当に幅広い事業を行っており、多様な人が集まっているので、たとえばターボチャージャーをつくる人とプラントをつくる人とでは、使う言葉や、設計への考え方、品質保証への考え方も違いますが、話すと新しい気づきが生まれますし、それぞれ異なる強みを持っています。その際に私が伝えているのは「お互いをリスペクトしてね」ということです。異なる事業をしていれば、目的も作法も違うのは当たり前で、どちらが正しいという問題ではないからです。それぞれの経験値が混ざると、新しい事業・製品につながり、いかせる新しい発想につながると思います。
── それぞれのセンターにおいて、これからのチームのあり方と、期待することはなんですか。
大岩:私たちのセンターの場合、大切なのは全体を見ること。最終的にその製品を構成する材料や部品など、全部を考える必要があります。でもこれを真っ正直にやると、すごく時間がかかります。そのために必要な方法は大きく二つあり、一つはその進化が著しいAIのフル活用、もう一つはすごく原始的ですが、専門家に聞きに行くというものです。そういう意味では、統合開発センターに多い設計系の人は、全体を見る視点は長けていると思いますし、人の懐に入り込めるキャラクターの人が増えたらいいなと思っています。すでに何人かいますが、そういう人にどんどんリードしてほしいですね。
松澤:私はもともと化学分野の出身だったから、実験が好きなんですよ。だから組織でも新しい実験をするのが興味深い。何をしたらどうより良い方向に変わるんだろう、と。特に研究効率がどう上がるかは、組織のあり方と相関関係がある気がします。システムとして制度を変えて、うまく仮説通りの方向に行くかに注目しています。
大岩:そういう意味だと、統合開発センターをつくったこと自体がある意味、組織実験だと思うんですよね。技術開発本部はやはり技術に力点や長い経験の蓄積があるので、製品まで考えることは挑戦なんですよ。諸先輩も含めて、いろんな反応をする人がいますね。「こういうやり方がしたかった」という人もいれば、技術開発が好きなんだけどな、という人もいる。ゴールから考えようといきなり言われても、困る人もいる。でも私は、技術開発本部が未来の製品を生み出していくためには、必要な変化の一部だと信じています。そんな簡単に結果は出ないと思いますが、5年後か10年後か、あそこから始まったんだな、となるといいなと。
松澤:これからもいろんな人にIHIに来てほしいですが、やっぱり外向き志向の人がいいですね。外に対しても、自分の成長に対してもポジティブな人。
大岩:同感です。積極的に手を挙げて、面白いと思うことや、やってみたいことを言ってくれる人がいいですね。前向きな積極性が欲しいと思います。
聞き手・編集:角尾 舞(ライター)



