
シンポジウムは終盤に差しかかり、議論は「これから何を目指し、どのような行動が求められるのか」という問いへと進んでいきました。ここでモデレーターの出本さんは、「統合的アプローチ」というキーワードを提示しました。
IHIの山内さんは統合的アプローチを考える上での前提として、ローカルな水の話とグローバルな課題がすでに切り離せない関係にあることを示します。「食料や肉など、世界中の生産国で使われている水資源を、形を変えて輸入して使わせていただいていることを、ぜひ知っていただけたら」と山内さん。いわゆる「バーチャルウォーター」として、私たちは世界各地の水資源を、食料や製品という形で使っています。
このように、水と森を巡る課題は、環境分野に閉じた問題ではありません。産業、経済、文化、暮らしと深く結び付きながら、複数のスケールで同時に存在しています。そのことを前提に、出本さんは問いを投げかけます。「見える部分の価値も見えない部分の価値も統合して、どういう対策をすべきで、それをみんなでどう合意形成していくのがよいでしょうか」
その具体策の一つとして紹介されたのが、山内さんが取り組んでいる水循環の可視化です。山内さんは大阪・関西万博「未来の都市」パビリオンのIHIブースでも流していた水循環の映像を流しながら、水循環を理解するためには異なるスケールや時間軸を持つ情報を統合する必要があると説明。

特に雨がいつ、どこに、どれくらいの量、時間で降るかの情報は重要なインプットですが、日本の天気予報、降雨予測の精度は高いものの、モデルシミュレーションに入れるメッシュ(要素)としては、まだまだ改善の余地があります。「水蒸気がうまく測れていないのが分かってきたので、そこに力を入れて取り組んでいます」と山内さん。森林の涵養(かんよう)能力をどう設定し、地下に水が入るのか、表層を流れるのかといった点も統合的に考える必要があり、「森の専門家、河川の専門家、気象の専門家と、技術的につながりながら形にしていくことを目指しています」。
Gaia Visionの北さんも「大気の水、陸上の水、地下の水、河川の水と、さまざまな水の形態があります。それを正しく理解するというのは、すごく難しい」と説明。「洪水リスクや水利用量を予測するためには、雨のデータ、河川ネットワーク、植生、土壌、地下の水脈、さらに工業用水、生活用水、農業用水と、膨大なパラメーターが必要になります」。人工衛星やIoT、AIによってデータは集まりやすくなったものの、「まだまだつながっていないというのは山内さんがお話しされた通りです」。
さらに、ここでも日本と海外のスケール感の違いが関わってきます。「滋賀県の琵琶湖・淀川流域を見る時と、タイやベトナムのチャオプラヤ川流域を見る時では、全然スケールが違います。国をまたいで、上流で降っている雨の量やダムの状況が分からないなど、日本だと分かりやすい問題でも、国際的には難しい。解き方も変わってきます」
だからこそ、データをつなぎ、シミュレーションを通じてスケールの異なる課題を解いていく必要があります。「私たちが生活や文化をサステナブルに、そしてレジリエントにしていくために、きちんとシミュレーションして、リスクに応じて普段の対策を練って準備しておくことが大事です」
山内さんはまた、気候変動対策において、温室効果ガスの排出量を減らす「緩和」だけでなく、すでに生じている、あるいは将来予測される影響に備えて被害を軽減する「適応」での困難さも口にします。
「変わってしまった世界、気候にどう対応していくかというのは、必ずやらなければいけない。でも、適応の文脈では、グローバルとローカル、さまざまなスケールの人やデータをつなぐのが大変で、お金も回らない」。その中で、データは一つのよりどころになり得ると期待し、「経済や環境など、全てを考慮した上で、森や水の価値を適切に評価していただいて、この分野にお金が回るように、ファイナンスも含めた持続可能な仕組みをつくっていきたい」と力を込めます。
そうした議論を踏まえ、GREEN EXPO協会の見宮さんも「自然を相手にする仕事や取り組みは、とても複雑です。学問の領域も超えますし、空間も超えますし、時間軸も非常に長い」と語り、山内さんと同じく、適応分野における資金不足にも言及します。「緩和の分野ではお金が集まりやすいんですけど、適応のために誰がどう出すのかは、大きな課題です」
それを解決する糸口の一つとして、見宮さんは施策同士の相乗効果やトレードオフを可視化する手法を紹介しました。施策を横軸、SDGsの17の目標を縦軸にして並べたもので、ある施策をした時に、どこで相乗効果が生まれて、どこでネガティブな影響が出るのかを見るものです。例えばトランスポーテーション(運輸・交通)の施策をした時に、それによって貧困が軽減され、産業が発展するというシナジーが期待できる一方、トレードオフで環境的にネガティブな影響が生じる可能性があります。

実際の事例として、アフリカでの稲作推進を挙げます。「食糧問題があるので稲作を導入し、二期作で食糧の安全保障に近づけようとしているんですが、水田からメタンが出るという問題があります。気候変動にはネガティブで、そういうトレードオフが見えた時にどうするか。クレジット化して施策に回すとか、それを減らす努力とともに経済と結び付けるとか。そうすると人々の生計向上にもつながります」。一つの施策を、多角的に見ていくことの重要性が語られました。
パネルディスカッションはここで終了し、登壇者が最後に一言ずつコメントを述べました。DeepForest Technologiesの大西さんは「人は自分が持っている知識や技術、できることは限られていますが、こうしてお会いすると、それがどんどん広がっていって、新しいことが一緒にできるんじゃないかというイメージがどんどん膨らみます」と話し、「皆さんにも同じようなイメージを持っていただき、一緒に考えていけたら」と会場に呼びかけました。
北さんは「自分たちの水はどうなっているのか、洪水の時、渇水の時は大丈夫かといった問いに答えようと思った時に、いろいろなデータをつなげて、シミュレーションをして、信頼性を検証してと、いろいろなことをしなければいけない」という難しさに改めて触れ、「それでも前向きに、実用性も見ながら行動して、未来をつくっていきたい」と力強く宣言しました。
見宮さんは、この日まで数カ月間にわたった対話を「非常に多くを学ばせてもらって、楽しかった」と振り返り、「よく分からない、だけど大事。ふわふわしている、でも何かしたい。こういうテーマは、対話していくしかないと思っています」。「ここで分かち合われた情報や感覚がいろんな形でつながっていけば」と期待を寄せ、「願わくは、2027年にGREEN EXPOの場で、次の世代に向けてメッセージを出したい」と意欲を見せました。
シンク・ジ・アースの上田さんは「今回は水と森の話でしたから、皆さんにぜひ川や森に行ってほしい」と話し、「知識やデータだけでなく、想像したり、体験したりといった時間をもっともっと増やすことで、今ここで話されたことについて、もっとリアリティーを持って考えられるようになるかもしれません」と意図を明かしました。
山内さんは、「オープンイノベーション」という言葉を捉え直した様子で、「IHIは技術の会社ですから、いい技術を持っているところを探しに行くんですけど、この問題は、専門分野も学術も、アクションもそれぞれ違う」と認識し、だからこそ、「単なる技術だけではなく、人でつないでいかなければいけないと実感した」と語り、「今日のセッションが、水と森のことを少し考えていただく機会になっていただけたら」と締めくくりました。
最後に映し出されたスライドに書かれていた文字は「Think globally for earth, Act locally by people together!(地球規模で考え、地域で共に行動を)」。出本さんは「グローバルの問題をローカルの課題に落とし込みながら、いろいろな分野の方々との共創とともに、この課題に向き合っていけたら」と話し、「この場での対話が、そのきっかけになっていれば幸いです」と述べ、シンポジウムは幕を閉じました。

遠い世界のどこかで起きている問題ではなく、私たちの日々の暮らしに直結する水と森の問題。専門家だけでなく、一人一人が考え、共に行動することで、解決への道が開かれていきます。
今回ご紹介した内容について、より深く知りたい方は、当日のディスカッションの様子をYouTube動画でご覧いただけます。ぜひご視聴ください。
大阪・関西万博 テーマウィーク/公式チャンネル:
「知られざる水と森の話 ~気候変動時代の社会とイノベーション~」
https://youtu.be/PDQT6MHM2qs?si=_AG830sMVmVRkgDZ
取材協力:
出本 哲|株式会社Aqunia
上田 壮一|一般社団法人シンク・ジ・アース
北 祐樹|株式会社Gaia Vision
大西 信徳|DeepForest Technologies 株式会社
見宮 美早|GREEN EXPO協会
山内 淑久|株式会社IHI


