PROJECT

脱炭素社会実現に向けて一丸で
「セメノン」共同開発に懸ける
思いと情熱(後編)

IHIグループが、横浜国立大学、工業炉・廃棄物処理施設の設計・製作を行うアドバンエンジ株式会社と共同開発したジオポリマーコンクリート「セメノン」。その開発におけるキーパーソンの一人が横浜国立大学の藤山知加子教授です。 藤... View Article

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IHIグループが、横浜国立大学、工業炉・廃棄物処理施設の設計・製作を行うアドバンエンジ株式会社と共同開発したジオポリマーコンクリート「セメノン」。その開発におけるキーパーソンの一人が横浜国立大学の藤山知加子教授です。 藤... View Article

IHIグループが、横浜国立大学、工業炉・廃棄物処理施設の設計・製作を行うアドバンエンジ株式会社と共同開発したジオポリマーコンクリート「セメノン」。その開発におけるキーパーソンの一人が横浜国立大学の藤山知加子教授です。

藤山 知加子|横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 都市イノベーション部門 教授

藤山教授はコンクリート工学者で主に橋梁(きょうりょう)を対象とした研究を行っており、これまでもIHIグループではコンクリートの合成構造などにおいてお力添えを頂いています。材料系でジオポリマーの研究もされていることから、プロジェクトへの参画をお願いしました。

藤山教授がジオポリマーの研究に関わるきっかけは、大学院生時代にさかのぼります。同じ研究室にいたインドネシア人留学生が、出身地の近くの泥火山から大量に噴き出す泥を活用できないかと研究し、その成分を調べてジオポリマーに使えるという答えを導き出していました。

インドネシアの泥火山から噴き出した泥。(藤山教授ご提供)

「私は材料系のことはまだやっていなかったので、友人の一人として話だけずっと聞いていたんですけど、自分の研究室を持って独り立ちした後、一緒にやろうとなりました」。現地で泥のサンプルを回収して研究を始めますが、持ってこられる量が限られたことから、日本で入手しやすいフライアッシュ(焼却飛灰)によるジオポリマーの研究を並行して続けました。

続けるうちに、CO2削減の観点からジオポリマーに関心を持つ学生が多いことが分かりました。「橋梁や構造よりも、先生がそういう研究をしているのであれば一緒にやりたいという希望者が増えました。CO2削減やカーボンニュートラルは世界的な問題でもあり、留学生にとっても興味のある対象で、そうした思いばかり書く学生がいるので、早く研究の話を書いてと注意するほどです」と笑う藤山教授。「でも、それくらい若い学生さんはすごく関心が高いですね」

一方で、藤山教授自身がジオポリマーに可能性を見いだしているポイントは、世界各地の使われない素材が活用できること。「ジオポリマーコンクリートの利点として、きっかけとなったインドネシアの泥に限らず、世界各国のさまざまな物を使える可能性があります。途上国でパームヤシの燃えがらであったり、コメのもみ殻灰であったり、もちろん石炭のフライアッシュもそう。そういう地元のローカルな材料を使い、なおかつ廃棄物からコンクリートを作ってCO2も抑えられますから」

リリースにこぎ着けた「セメノン」については、「構造性能的に問題なく使えます。強度が出ることは他のジオポリマーコンクリートで分かっていますが、収縮や付着といった性能もしっかり調べられていて、これならば使いやすいと感じます」と評価。「耐酸性も明らかに強い。ジオポリマー全般に言われていることですが、特に強みだと思います」とも。

セメノン開発リーダーでIHI技術開発本部統合開発センターエンジニアリング部製品・プロセス変革グループの木作友亮さんは「純粋なジオポリマーコンクリートというところをセメノンは推しています」と説明します。本来のジオポリマーに該当する材料以外も使われている「アルカリアクティベートマテリアル(AAM)」に対して、セメノンはそのような添加物をほとんど含まない「純粋なジオポリマー」と言え、それによって高い耐酸性も得られました。

藤山教授も「早く強度を出すために、フライアッシュ以外の素材を混ぜる場合が多いのですが、セメノンはそうした混ぜ物をせず、純粋なジオポリマーの機構で、なおかつ一定の信頼度で求める性能が得られる配合で、あるいはいい材料を使っているという点で信頼できます」と太鼓判を押します。

こうした評価やアドバイスについて、木作さんは「大変ありがたい」と感謝を口にします。「やっぱり企業だけでやっていると間違った認識をしたり、狭い視野で進んでしまったりもします。そんな時に藤山先生からコメントを頂くと、ここはもっとこうした方がいいとか、考え方がちょっと違っているかもしれないとか、これもやった方がいいとか、気付きがあって次の実験に流れていく。そういういいサイクルになっています」

木作 友亮|技術開発本部 統合開発センター エンジニアリング部 製品・プロセス変革グループ(写真左)

例えば、セメントコンクリートとは異なる破壊形態も藤山教授が目を付けたポイントでした。「もちろん、構造物として、鉄筋を入れて梁(はり)を作って荷重をかけて耐えられるという点で全く問題はありません。純粋に材料として見た時に、変形の仕方とクラックの進展の仕方が普通のコンクリートとは違うところに、個人的に興味を持っています」と藤山教授。

そうした視点に触れ、技術開発本部技術基盤センター材料・構造技術部の聶青(じょう せい)さんも気付きがあったといいます。「ジオポリマーコンクリートは基礎特性のところで分からない部分が多くて、今までのコンクリートの解析モデルをそのまま採用しても、実際には違う結果が出てくる。そこを見逃さず藤山先生の指導の下で実験をすることで、非常に難しい実験でしたが、力学的な特性も化学的な特性も全て違っていることが分かってきました」と話します。

聶 青(じょう せい)|技術開発本部 技術基盤センター 材料・構造技術部

未知の領域に挑み新しいチャレンジを進めてきたセメノンの開発チームの姿は、藤山教授の目にはどのように映っていたのでしょうか。「こんな感じかなということを伝えると、すぐに実験の段取りをしてくれて、こういう結果が出ましたと、本当に仕事が早い。皆さんすごくモチベーションも、もちろん技術も能力も高いですし、それに見ていると仲がいいですよね。上から下に押し付けているようなイメージがなく、若い方がとても生き生きとしている。だから意見も出しやすいのかなと感じました」と関係性に注目していました。

「社内やグループ内だけでなく、アドバンエンジさんともツーカーで行っている印象はありました」とも。多くの立場の人が入って収集がつかなくなり、物事が進まないケースも見てきた経験から、「必ずしも人がダイバーシティ的に増えればいいというわけではないと感じています」と藤山教授。その多様性を生かせる環境や関係性があるかどうかが重要と指摘します。

それに対して、「スタート時点から相手の会社の立場を考えて、IHIだけが得をするのではなく、将来的な利益を研究者として先に約束したのが大事だったと思います。そういうことで信頼をちょっとずつ得て、だから時にけんかもできるようになり、ツーカーで進むようになりました」と答える木作さん。

そしてパートナー企業への信頼も口にします。「材料と構造の両方を極めるのは無理に近いぐらい難しい。ですから、材料の配合の走り出しは絶対にアドバンエンジさんの仕事で、その結果を信頼して構造につなげてくのがIHIグループの仕事。両者が得意な部分を受け持って、それぞれの強みを生かしあっているから、いいパートナーなんだと思います」

持続可能な社会の実現に向け、自社にはない知見や技術を持つ企業や専門家と共同開発を進めていくには、思いを共有し、得意な部分を発揮し合い、互いを尊重しながらも率直に意見を言い合える環境が大切。セメノンの開発事例はその成果のみならず、プロセスにおいても収穫がありました。


取材協力:
藤山 知加子|横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 都市イノベーション部門 教授
アドバンエンジ株式会社| https://www.adv-eng.co.jp/
木作 友亮|技術開発本部 統合開発センター エンジニアリング部 製品・プロセス変革グループ
聶 青|技術開発本部 技術基盤センター 材料・構造技術部
吉田 有希|技術開発本部 技術基盤センター 材料・構造技術部(取材当時)