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脱炭素技術のトップランナーが
タッグで挑んだ世界初の
アンモニア燃焼試験

地球温暖化の抑制と持続可能な社会の実現に向け、電力業界のみならず、さまざまな業界において温室効果ガスの削減が世界的に強く求められています。IHIでは2010年代半ばからアンモニアの燃料利用に着目し、アンモニア燃焼技術開発... View Article

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地球温暖化の抑制と持続可能な社会の実現に向け、電力業界のみならず、さまざまな業界において温室効果ガスの削減が世界的に強く求められています。IHIでは2010年代半ばからアンモニアの燃料利用に着目し、アンモニア燃焼技術開発... View Article

地球温暖化の抑制と持続可能な社会の実現に向け、電力業界のみならず、さまざまな業界において温室効果ガスの削減が世界的に強く求められています。IHIでは2010年代半ばからアンモニアの燃料利用に着目し、アンモニア燃焼技術開発を行ってきました。

アンモニアは、エネルギーキャリア(水素を取り扱い容易な別の物質に変換して輸送、貯蔵する手段やシステム)としての役割に加え、火力発電の燃料として直接利用が可能であり、燃焼時にCO₂を排出しない燃料として、温室効果ガスの排出削減に大きな利点があると期待されています。

2021年からは、株式会社JERA、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と共に「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/アンモニア混焼火力発電技術研究開発・実証事業」に取り組んでいます。

この事業において、IHIとJERAは2024年4月〜6月、世界初となる大型商用石炭火力発電機における燃料アンモニア転換の大規模実証試験(熱量比20%)を愛知県碧南市のJERA碧南火力発電所で行いました。試験に携わった両社のリードエンジニア4人に、プロジェクトについて語ってもらいました。

水谷 亮介|JERA O&M・エンジニアリング戦略統括部 脱炭素技術部 脱炭素エンジニアリングユニット

両社はまず、試験実施に向けた課題を一つ一つ解決しようと、定期的な打ち合わせを行いました。「試験開始までの時間が限られていたため、迅速に準備を進めなければいけませんでした」と話すのは、実証試験全体工程の調整を担当したJERA 脱炭素エンジニアリングユニットの水谷亮介さん。

設計上の課題に対して細かく議論し、持ち帰って検討し、次回の打ち合わせで結論を出すというのが通常の流れですが、「その時間が取れなかったため、事前にこうしてほしいとIHIさんに明確な依頼をして、1回の打ち合わせで答えを出し、仕様決定することを意識していました」と振り返ります。

IHI側も時間に対する意識は強く持っていました。アンモニア燃焼に伴い追設する設備の設計や、燃焼による既設設備への影響評価等を行ったIHI本社・CS基設の野村弘さんは「出てきた課題に対して、解決につながる提案をしなければという意識はありました。しかし、社内の承認ステップを経る必要があり、すぐにJERAさんに回答できなくて、もどかしい時がありました」と話します。

野村 弘|カーボンソリューションSBU ライフサイクルマネジメント部 基本設計グループ
中澤 亮|カーボンソリューションSBU ライフサイクルマネジメント部 基本設計グループ

大型の商用火力設備を使って20%ものアンモニアを燃焼するのは世界初の試み。その運用計画を策定したIHI本社・CS基設の中澤亮さんは「試験で評価すべきプラント運転項目の検討や、既設設備へのアンモニア燃焼設備の導入など、何を決めるにしても初めてのことで、担当の考えだけで先に進めることができません。社内の有識者からアドバイスを得ながら進めたため、いつも以上に時間がかかった印象があります」と苦労を明かします。

水谷さんと共に実証試験全体工程の調整を担当した、JERA 脱炭素エンジニアリングユニットの大島弘義さんは、その中で特に印象に残っている出来事について、行政機関への許認可申請を挙げます。「アンモニア燃焼の前例がなく、法令の整備が追い付いていない状況での申請でしたから、燃焼時に出るばい煙量を示す計算式もなく、環境負荷を具体的に示せなかったんです。どうやって説明すればいいのか悩んでIHIの野村さんに相談し、何とか準備を整えたことがありました」

大島 弘義|JERA O&M・エンジニアリング戦略統括部 脱炭素技術部 脱炭素エンジニアリングユニット

野村さんはまず、アンモニア燃焼時のばい煙量を、当初は固体燃料の計算式を用いて算出。その後、「アンモニアはガスなので、固体燃料の計算では説得力に欠けるのではないか」というJERAからの指摘を受け、水素や他のガスで計算した過去実績を参考に修正を重ねて申請にこぎ着けました。大島さんは「予定通りに許認可を得られなかったら、その後の工程が遅れ、実証試験ができなくなる可能性もある。プレッシャーは半端じゃなかったですが、無事に許認可が下りてほっとしました」と笑顔を見せます。

一方、野村さんが印象に残っているのは、JERAとのやりとり。「設備の計画を進める上で、これまでの実績をベースにした設計であることを説明する際、JERAさんから根拠や設計思想をさまざまな観点から根掘り葉掘り聞かれたことですね」

水谷さんは「評価方法や工程の調整はIHIさんと合意の上で進める必要があり、それぞれが責任を負う部分がある対等な立場ですから、根掘り葉掘り聞くことはかなり抑えたつもりでした」と苦笑い。「機器に対してこれ以上のスペックを求めるのは違うかなと思いつつ、JERAにとっては碧南火力発電所に入っている既設の機器を使うプロジェクトですから、半端なものを入れられるのは困る。線引きが難しいところでした」とも。

それを聞いた中澤さんは「IHIのノウハウとして社外に出せない部分もあるので、そこを明かさずに説明する難しさもありましたが、そういう立場を意識されてのことだったのですね」と納得した様子。野村さんは「コメントを受けて課題の再検討をするのは大変でしたが、最終的に仕上がったものはコメントを受ける前よりも良い設計となりました」と、共同で取り組む意義を語ります。

実証実験では2024年4月10日、定格出力100万kW運転において燃料アンモニアの20%転換を達成しました。同時に、燃料アンモニア転換前(従来燃料専焼)と比較して、窒素酸化物(NOx)は同等以下、硫黄酸化物(SOx)は約20%減少したことを確認。温室効果の強い一酸化二窒素(N₂O)は定量下限値以下であり、良好な結果が得られました。負荷変化試験等を通じて、運用性においても燃料アンモニア転換前(従来燃料専焼)と同等であることを確認しました。

燃料アンモニアタンクと碧南火力発電所全景

2024年6月26日をもって実証試験は終了を迎えました。「全ての確認項目で目標値を満たす良好な結果が得られ、われわれの技術と取り組みの価値を再認識しました。供給設備運用との整合性など、商用化に向けた課題も浮き彫りになり、次なるステップも明確になりました」と中澤さん。「何よりも重要なのは、このプロジェクトが事故や災害なく、安全に終了したこと。燃料アンモニアの安全な利用という観点からも大きな成果であり、スタッフの協力と献身によるものです」と感謝を口にします。

水谷さんは「試験期間中は、需給の状況を踏まえた工程調整や試験方針について判断を迫られるという苦労もありましたが、そのたびにIHIの皆さんと現場でリニアに相談し、みんなで決断することで何とか計画通り進められました」と話し、「未知の領域であったアンモニアを燃焼させた際の実機プラントの挙動が、試験が進むにつれ明らかになっていく、世界初のことが目の前で実現していく今回の試験は私個人にとっても貴重な経験となりました」と熱を込めます。

大島さんは「電力の安定供給を継続しつつ、試験を実施することが前提条件であり、電力需給・燃料調達上の制約に対応するだけでも課題がありましたが、他にもさまざまな困難がありました。両社であらゆる課題に迅速に対応できたことで、無事故・無災害でアンモニア20%転換を達成できました」と振り返り、「IHIさんとの議論を通じ、個人的にもボイラー、燃焼技術について知識が深まりました。この知見を高転換率の実証計画に活用したいです。」と先を見据えます。

「今回の成果はIHIとJERAの『必ず成功させる』という熱意の賜物」と表現する水谷さん。一方で、「火力発電の脱炭素化という視点では通過点に過ぎません。今後もまだ見ぬ世界をIHIの皆さんと共有していければ」と呼びかけ、野村さんは「実証試験から得た貴重なフィードバックを生かし、商用化に向けた取り組みを加速させたい。われわれの目標は、この技術を通じて世界の脱炭素化に大いに貢献すること。これからも共に挑戦していきましょう」と応えました。

IHIは今後、本事業で得られた情報を反映し、火力発電所におけるアンモニア50%以上の高比率燃焼技術の確立に取り組むとともに、本実証の結果を国内外の火力発電所に展開していくことで、燃料アンモニアによるグローバルな脱炭素化に貢献します。そして引き続きJERA、NEDOと共に実証試験における課題の解決を図り、2025年3月までに、社会実装に向けた火力発電における燃料としてのアンモニア利用技術の確立を目指します。

(今回の記事はIHIとJERAの社内報用に収録した座談会を基に再構成しています)


取材協力:
水谷 亮介|JERA O&M・エンジニアリング戦略統括部 脱炭素技術部 脱炭素エンジニアリングユニット
大島 弘義|同上
中澤 亮|カーボンソリューションSBU ライフサイクルマネジメント部 基本設計グループ
野村 弘|同上